2011年08月06日

おばあちゃんから聞いた話

実家に帰りました。

何の気なしに、祖母から戦争時の話を聞いた。

あと二年早く生まれていたら、祖母は豊川の軍需工廠に行かされていたらしい。
ああ、もしも祖母が空襲にあっていたら私はこの世にいなかったかもしれない。そう思った。

「戦闘機の飛ぶ音は、今でもハッキリ覚えている」らしい。

「その時、何をしていたの?」と聞いたら

「芋を育てていた」とのこと。

祖父母が、元気なうちにもっと戦争の時の話を聞こうと思った。

今日は、少し真面目な日記。
ごめんくださいませね。



Posted by さやか結 at 22:06│Comments(6)
この記事へのコメント
おばあさまがお元気なうちに、昔の話をたくさん聞かせてもらってください。
さやかさんの財産になりますよ。
Posted by ゆみ at 2011年08月06日 22:20
おばあちゃんのお話を聞くのは大切なことだと思います。
うちのばあちゃんはあまり話したくないようで話をしてくれません・・・
話してくれる方が近くにいるなら、お話を聞いて、そして戦争を知らない世代に伝えていかなくてはいけないと思います!
Posted by りんりん at 2011年08月08日 14:15
まさこ様のお話を聞くことは大切なことだと思います。
うちのばあちゃんは16師団の従軍看護士をしていた強者。
やはり昔のことはあまり話たがりません。
話たがりといえば、母方の今は亡きおじいちゃん。
東三河の港町で生まれたおじいちゃんは、朝は仲買、
午後は乾物商をやっていて、三河の山間部に行商をしていた人です。
まじめに仕事はしていたらしいのですが、助平なのが玉にキズ。
山間部の後家さんを中心にたくさんの艶事が生前死後に発覚。
中には子どももたくさん作っていて、
母によると、じいちゃんの葬式には、
たくさんの兄弟姉妹が集まり、自己紹介から始まったとか。
(私の3歳のときの逸話なので私自身は覚えておりません)
そのまま聞くと笑い話ですが、KS郡のT町とか、T村とかにも
ハトコがたくさん存在するということは、結構な怪談話かも?
お盆になると一度は思い出す先祖様です。
Posted by まう at 2011年08月09日 17:44
ゆみさま
本当に、そうですね。
少しでも、たくさんの話を聞いておきます。
Posted by さやか結 at 2011年09月04日 02:01
りんりんさま
話したがらない方も、いらっしゃるみたいですね。
他の方からも、それに似た事を聞いた事があります。
Posted by さやか結 at 2011年09月04日 02:03
まうさま
おじいさまは、かなりアブァンギャルドな方のようですね。
Posted by さやか結 at 2011年09月04日 02:04
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